ビジネスブログを書いてビジネス語録的に自分の考えをまとめるのは、知識と経験の棚卸しになって丁度いいなと思ってました。ところが思わぬところでの違う棚卸しが出てきて今やっとそれに気付いたところです。そう身体の棚卸しです。サラリーマンはカラダが資本と言いますが、本当にそうだったんだなーと少々感慨に耽っています。セカンドライフを迎えての体からのメッセージです。
腰の手術をしました
先日、脊柱管狭窄症の内視鏡手術をやりました。無事退院の運びとなり今は回復期で腰にサポーターを付けて歩行しながら、リハビリと日常生活を送っています。私の場合は積年の仙骨あたりの神経痛が消えて、直近に難儀していた間欠性爬行(歩行中に足が痺れて歩行困難になる)も改善して期待値を少し上回る結果となったので、思い切って手術をしてよかったなと思っています。まだ術後3週目なので予断は許しませんが気候も夏に向かっていて冷えることもなく予後は良い感じです。
手術決断の決め手
腰痛は50代に入る頃から意識するようになりました。元々スポーツが好きでサッカー、テニス、ジョギングなんかを週末に結構ハードにやったりしていました。足首、膝、筋肉等は全くなんともないのに、腰の一点にのみ疲れが溜まって何でかなと思っていましたが、そこがまさに狭窄部位だったのです。60代に入って散歩中に突然足が痺れて(正座をして立ち上がった時の感じ)、歩けなくなりました。近所の整形外科では「軽い脊柱管狭窄症でしょう、スポーツは続けてもいいですよ」と言われてあまり気にも留めていませんでした。会社生活のリタイア直前から間欠爬行が頻発するようになって痺れの範囲も広がってきたので、専門医のいる病院でMRIを撮ってもらいました。「えー、こんなに狭窄してるの!」画像を見ながら先生の説明を受けて、ちょっとショックでした。背中側の黄色靱帯が加齢で肥大化して神経束を圧迫していますとのこと。正常部分に比べて神経束が1/8程にぎゅーッと狭まっていて、「これは、そりゃ痺れるわなー!」とガックリしながらも合点、納得してしまいました‼️ 先生は、医学的には手術を推奨する状態で、術式は内視鏡による椎弓形成術(黄色靱帯を除去して神経圧迫を除圧)になるとのこと。
手術に向けて
「手術は仕方ないなー」と直ぐに思いました。しかしながら長い間「基本カラダにメスは入れない、体全体の筋肉の補強で支える」を信念にしていましたので、手術をするというのは、なんか一線を越える気分で暗いイメージでした。しかし一方で頭の中でアラートが鳴っていて、追い立てられるようにセカンドオピニオンの確認を進めていました。友人の整形外科医、日頃通っている整体の先生、サッカー仲間の整体師の3人に病状を相談したところ、皆さん肯定的に意見をくれましたので迷いはかなり払拭されました。内視鏡の術式はまだ比較的新しく且つ日進月歩しているものなので、最新症例の生の声までは聞けませんでしたが、家族で別の部位ですが最近内視鏡手術をした者がいて近代医療は凄いと思っていたので、それが後押しになったかもしれません。腹が決まったので早速日程を調整して手術の運びとなりました。
手術とリハビリ
初めての全身麻酔です。気がついたら終わってますよと言われましたが、これまでの手術経験は局所麻酔によるもので、手術経過が見えない全身麻酔は何となく不安がありました。「麻酔薬入れていきます」という医師の声が聞こえて次に肩の辺りから痺れみたいなのが胸に広がって来て、「あーこれが全身に広がっていくんだなー」と考えたのは多分30秒もなかったと思います。本当に気がついたらHCU(High care unit)という集中治療室に居て、「手術は無事に終わってますよ!」という先生の声で目覚めました。9:15に手術室に入室して約5時間後です。「明日から動いてもらいますからね」と先生、「はい、ありがとうございます」と言いながらまだ麻酔も効いているので、「いや、こんなん動かれへんやろ・・」ってな感じでした。実際翌朝まで傷が痛んだり、でも寝返りも打てず仰向けのままで全く動ける気配はありませんでした。朝になって「トイレに行けるか試しましょう」とリハビリの先生が来てさあ挑戦です。まず膝をユックリ立てて、次に体を横に向けます。バキバキって音が出そうでしたけど、手でベッドの柵を引っ張ったら意外にやれました。そのまま手で柵を押し下げるようにして体を起こしたら「起きれたね!」と自分で言ってました。こうしてユルリユルリと体を元に戻して行くリハビリが始まりました。
退院して回復期
入院は都合1週間で、その頃には院内は歩けていました。流石に家まではタクシーかと思ってましたが、家内が迎えに来てくれて荷物は持たなくていいので、タクシーも呼ぶのが面倒くさいし歩いて見るかと病院を出発したところ、駅まで15分スタスタと歩けてしまいました。術前は間違いなく駅までに足が痺れてましたが、それもありませんでした。まだ恐る恐るですが自信のようなものが芽生えて回復期の始まりです。翌日はもう少し歩いてみて、翌々日は買い物に25分歩いてみて、という感じでリハビリが進みました。先生曰く、1ヶ月半で大体修復という見立てです、スポーツ再開が3ヶ月、やり過ぎ注意が最重要ポイントです。幸い今のところ翌日に疲れが残ることもなく痛みも、痺れもなく順調です。ただリハビリ歩きをした後に、傷口辺りがジンジンするなーと感じてます。でも積年の仙骨辺り(背骨の一番下辺り)の神経痛が消えているのが何より快適です。
ふと思い立った真因
リハビリの散歩中に考えてました。そもそも何で脊椎官狭窄症になったのか。先生は「加齢による黄色靱帯の肥厚化」と言ってたけれど、それならかなりの数の高齢者は皆んなそうなるだろうと。スポーツと言ったって週末だけだし、そもそも長いブランクもあったしなー。リハビリを始めて気づいたのはチョコチョコ動くのが良いことで、ジーッとしてると体が固まって逆によくないという事。そう言えば仕事真っ盛りの頃は1日何時間も座りっぱなしだったなーと。残業も思いっきり座ってたし。休日もそんな事してたなー。何より自分は海外営業だったので出歩くというより、コレポン(メール・文書のやり取り)、資料作り、テレビ会議、本当に座ってたなー。おまけに筆記、PCでの作業が前傾姿勢固定で首、背中、肩をさぞかし固めたんだろうなー。整体に行くといつも、モモ裏から、背中、肩がガチガチですと言われて、これでは腰が痛くなりますよと言われてたなー。「そうか、ビジネスライフの全てが腰のL4/L5(今回手術した背骨の番号)に負荷となって、それから脊髄の神経束を守ろうとして黄色靱帯が肥厚化したのでは?」と自ら原因の仮説を作ってしまったのです。「うん、多分絶対そうだ!」
現代的検証
忙しい先生に自分の仮説を聞いてもらう時間はありません。実際執刀医の先生は今回手術した病院に数年前「脊髄センター」が新設された時に来られた専門医のようで内視鏡手術の症例もかなり多くこなされています。やり取りが的確且つテキパキ過ぎて必要最低限の質問しかできません。流石に手術説明の際は、念入りにしっかりやって貰い安心して手術に臨めましたが、普段はバタバタにならざるを得ない皆から信頼の厚い私だけが独り占めできない先生なのです。なので自分に沸いたこの疑念というかほぼ確信を何とか検証できないかと。まあ多分殆どの方はそうされていると思いますが、AIに聞いてみました。ChatGpt、Gemini,、Claudeの3大生成AIです。AIは結構長い設問も何度かに分けて聞いても疲れませんし、あっという間に回答をくれます。結果、今のところ私の信じる真因の仮説は3つのどのAIも全面的に支持してくれました。
「前傾姿勢で座っている時」が最も腰椎(特にL4/L5)に強い圧力がかかる
座位の圧力は立位の約2倍
黄色靱帯を分厚く硬くすることで必死に背骨を補強・固定しようとした(代償反応)
ビジネスライフの棚卸し
やっとここまで辿り着きました。今回腰の手術をして回復期過程でこの真因の仮説に気づいて、一応検証が出来た事で(AIはまだ権威はないですからね)、何か晴れ晴れした気持ちになっています。原因不鮮明で患った腰の痛みも何か報われたような感じですね。セカンドライフは既に始まっていますが、この初期の時点でいい事に気づけたなーという思いです。まさに名実共に「ビジネスライフの棚卸し」ができた気分です。まあ所詮自己満足の世界ではありますが、腰の痛みはビジネスライフのいわば勲章で、ビジネスブログを担保する証明みたいなもんです。その痛みからも解放されてアグリライフという心身バランスの取れたセカンドライフに入れるのはしっかりと人生に意味づけができたように思います。ちょっと諦めかけていたスポーツライフも楽しみとして復活して来ました。あと数ヶ月回復期を大事に生活できればと思います。
こうやって自己暗示にかけて前向きになれれば安いもんですね。ファーマー、ブロガー、アスリートがセカンドライフの目指す姿になればいいなと!!
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