「丁々発止」と聞いてそれ何と?言葉としては死語に近くなってきているかもしれません。メールもスマホも無い時代は当然ながら会話がコミュニケーションの中心手段です。会話が高じて議論白熱となる様がまさに丁々発止です。DXの時代だからこそ敢えて現代の職場のOJTに推奨したい考えです。
情報が命の時代
狩猟社会、農業社会、工業社会、情報社会と来て次は超スマート社会と言われています。しかしどの時代も「情報が命」は変わっていません。正しい情報、良質の情報がそれぞれの時代で、人の命を救い、不作を克服し、生産性を向上し、集合知を可能にしてきました。現代はインターネットの普及で情報量は溢れるほどで、知らないことによる不利益も発生するため、我々は日々情報に触れて晒されています。その中で質の良い情報を選別し自らに有益な情報を得て具体的な判断や、実際の行動に結びつけています。それでは一体何を基準に「この情報は有益だ、間違いない」と見極めているのでしょうか。自分の信頼できる知識人の発信であるからとか、複数のソースで裏取りができたからとか、自らの体験に合致しているからとか、色々でしょうが、そこには信頼を嗅ぎ取るプロセスが存在してるはずです。ではその臭覚はどうやって培われたのでしょうか。
丁々発止は情報を嗅ぎ分けるプロセス
人は物事を決断するのに情報を集めて、時には関係者と丁々発止して納得したものを採用していました。丁々発止の良いところは、議論伯仲の中でお互いをある面極限状況に追い込むので、そこで出てきた情報、考えはいわゆる本音。つまり信じていい情報となります。「あれだけ彼と議論したんだからこの考えしかないよ」と言う会話は職場でもよくあると思います。また上司が部下にある課題について朝から喧々諤々議論をする。その上で部下に決裁事項の承認を下す、と言うようなこともよくあると思います。大事な局面で追い込まれると自然とそうなっています。まさか最終決断をネットサーフィン100回やYutube閲覧で決める人はいないと思います。
原体験の積み重ねが嗅覚を養う
結局人間同士の丁々発止の原体験を繰り返すことによって、いわゆる建前に惑わされず本音を見抜く力を養うことができます。「修羅場を踏む」と言うのは、しんどい丁々発止の鍛錬を経て上質の情報を嗅ぎ分ける力をつけると言い換えることもできると思います。「あいつは上司でも顧客でも誰とでも丁々発止ができるので、もう一人前」と言うのはやや昭和的な部下指導、部下評価の一文で懐かしいですが、これぞ昭和のOJTの王道とも言えるものです。
DX/AIで激変する職場環境
令和の今はDXが浸透して隣に座っている人にもメールで会話するのは常です。また知らない事は誰かに聞くよりもネットで調べますし、決裁手続きもウェブで申請して承認が下りてしまうこともしばしば。更にはこれにAIが登場していますので、今までより短時間で、複数の選択肢が提示され、メリットデメリットまで整理され、必要とあらば仮説まで出てきます。「丁々発止」などどこに入る余地があるでしょうか。職場は激変しています。数年前コロナで人との接触が極端に制限されて何でもウェブでと言う時期がありましたが、流石にそれでは仕事は回らないとなり、またリアルな人と人とのコミュニケーションが戻りつつありましたが、AIの登場でまた丁々発止的には難しい時代になっています。AIは実際賢いので「なるほど、そうか」と納得してしまうことが多く、それに慣れてくると人は考えなくなります。しかし本当にそれで良いのでしょうか。
今こそ丁々発止でOJT
昭和、平成の職場や会議室での丁々発止の完全復元は現代では現実的ではありません。しかしながら良質の情報を嗅ぎ分ける臭覚は、結局人間の原体験の積み重ねによるところが大きいと思うのです。AI時代だからこそOJTで丁々発止なのです。AIが本当に正しいのか、他に選択肢はないのか、現場感情的に受け入れ可能なのか、人心掌握できるのか、後悔しないのか等々、人と人との丁々発止もさる事ながら実際には人とAIの丁々発止が現実的に重要になってくるのではないかと思うわけです。AIに問い続けられる力、そして最終的には人とAIと丁々発止できるトライアングルな力がこれからは重要になってくるのではないでしょうか。実際令和の新入社員にいざOJTするのは大変かなと思いますが、時代の必然かと思います。
丁々発止は国力にも繋がる
グローバルではどうかというと、多分どの国も同じような状況な気がします。AIによる影響は避けられない大きな流れです。しかしながら本来的なコミュニケーション力で言うと、例えば米国は「人を言い負かす、いいまけない」と言うのがベースにあって会話は基本「丁々発止」な感じです。中国人、インド人も口は達者です。やはり大国は人口が多く、他民族で、競争も激しいのでどうしても日々会話で闘う感じですね。それに比べると日本は丁々発止よりも「予定調和」です。単一民族、島国の宿命ですね。昨今の日本は各種スポーツの活躍も目ざましく、アニメや文化の発信力も格段に上がっているので心配はしていませんが、グローバルモードとして丁々発止をもっと鍛錬しておくのは本当にありだと思います。自身は関西出身ですが、日本の中で関西弁は比較的丁々発止的な感じを持っているので、関西弁話者はグローバルな会話のノリを生まれながらに掴んでいて国際交渉に向いているかもしれません。また実際国際政治の場では、ロビーやプロパガンダという情報戦が繰り広げられていて丁々発止ならぬ「諜々発信」も行われています。日本も丁々発止でしたたかにOJTです。
<丁々発止のOJT>
- 丁々発止で良質な情報を嗅ぎ分ける力を養う
- 丁々発止で嗅覚を養う原体験を積み重ねる
- DX/AI時代だからこそ丁々発止のOJTを推奨する
- 丁々発止モードの習得で国力を上げる

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